田村カツオ田村カツオ

はじめまして!このブログを運営する田村カツオと申します。

このインターネットという「宇宙」で、他の誰でもない貴方とご縁があった事をとても嬉しく思います。この出会いを素晴らしいものにしていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします(^_-)

 

まずは簡単に自己紹介をさせて下さい。

 

僕は1984年9月4日に山口県で生まれ、現在は群馬県の大自然に囲まれながら僧侶×Webマーケターとして活動しています。

仏教理論とビジネス理論を組み合わせ、自分の好きな事をシゴトにして生きる為の方法論やインターネットを用いた人気メディア運営のハウツーを伝授するオンラインレッスンを行ったり、法人顧客に対してWebマーケティングのアドバイスを行っています。

 

今は毎日のシゴトを「これでもかっ!」というくらい楽しんでいる僕ですが、ここまでの道のりは決して順風宇満帆ではありませんでした・・・

 

まずは僕の人生で最も最悪だった会社員時代の話から・・・

超最悪な会社員時代・・・

最悪な会社員時代のイメージ図

僕は大学卒業後に「就活生の人気企業ランキングベスト10」にもランクインした事があるような大手金融機関に運良く就職します。

 

ですが、アオキで買ったパリパリのスーツに身を包み、期待でドキドキしながら始まった会社員生活は、体育会系のルールの下に行われる閉塞感に溢れたものでした。


  • 毎日夜10時以降まで続く長時間労働。
  • 上司の説教満載の飲み会。
  • 取引先の商品の強制購入。
  • 僕だけが呼び捨てにされる職場。
  • 午後8時にパソコンを切ると「今日は何かあるの?」と聞かれる気まずさ。
  • etc・・・

 

田村カツオ田村カツオ

入社前の話と入社後の実態が違いすぎて「嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」と何回思った事か・・・

ただ、社会に出れば国内外を問わず厳しく辛い状況に立ち向かわなければならない時もあります。理不尽ではあったし、約束と違うという事だらけですが、だからと言って全てを投げ出す訳にはいきません。

 

「与えられた責任を全うする。」そう思いながら僕は会社に6年間在籍し、文字通り一生懸命働きました。

「もっと別の生き方はないのか?」と思ってしまう自分を必死に押し殺しながら、毎日上司の説教に付き合い、自分だけが呼び捨てにされ、残業代も出ないのに残業を続けたのです。

会社辞めました。

そんな僕でしたが、ある日、会社を辞める事をあっさりと決意します。

 

きっかけは飲み会で受けた暴行(ローキック)でした。

(モデルは僕の友人の格闘家の方です(笑))

 

今でも鮮明に覚えています。

事件当時、僕は立食パーティー形式の飲み会に参加していたのですが、トイレに行きたくなったのでサーモンカルパッチョの乗ったお皿をテーブルに置いた瞬間、いきなりバチン!!!という音が会場に響き渡りました。

何が起ったのか一瞬訳が分からなかったのですが、0.5秒くらいすると左ももに強い痛みが・・・そして、その場にうずくまる。

うずくまる僕のイメージ図

しばらくして見上げると、したり顔をした40代会社員(上司・元ラグビー部・体重80キロ代・酔ってちょっと顔が赤い)の姿が・・・

僕は無防備な状態でいきなりそいつに暴行されたという事です。

 

場が一瞬静まりかえりますが、すぐに周りの先輩達が「ギャグだった」みたいな感じで、とりつくろいます。

 

「いや、警察呼んで欲しいんですけど?」というのが、僕の気持ちだったのですが、多勢に無勢。被害者である僕の気持ちなどどうでも良いらしく、うやむやにされてしまいました。

 

その後、更に上の上司に相談するも相手にされず。

「君にも問題あったんじゃないの?」という彼の言葉で僕は退社を決意しました。

 

社会人として頑張ろうという思いで、

理不尽な程長い時間働いても、

嫌いな飲み会に夜遅くから参加しても、

少ないお給料で営業協力しても、

暴力に耐えても、

 

そんなの結局こっちの片思いで、使い捨ての駒社員は人間扱いされないんだなーっと悲しくなり、どうでも良くなってしまったんですね。

出家し仏門へ。

出家!

会社を突発的に辞めてしまった僕に行く当てはありませんでした。

本来であれば我慢しつつ転職活動を水面下で行うというのがセオリーなんでしょうが、当時の僕はそんな事を言ってられる精神状態じゃなかったんですね。

(そもそも地方の支社に勤めていたので転職活動もしにくかったのですが・・・)

 

困り果てた僕は最終手段を使います。

 

それは「実家に戻る」というもの。

当時の僕は30歳手前であり、曲がりなりにも一部上場企業を辞めて実家に戻るというのは、自分で選んだ道とは言えかなり凹みましたね。

田村カツオ田村カツオ

「これってもしかして転落人生?」と思う事も結構ありました。

 

僕の実家は小さなお寺をやっていまして、色々身の振り方も考えたのですが、

悪い意味での体育会系の考えに支配された会社員よりも、理知的な方向で人を導く僧侶というのは凄く魅力的に映りましたし、(当時の僕には僧侶は孤高の存在に見えたので)自分らしさを保ちつつ人助けを出来るっていいなぁ・・・と漠然と思い、僕は出家し僧侶になりました。

超薄給料&古い体質。

ですが、人生そんなに甘くないです。会社員を辞めた僕が1からお坊さんになるというのは、それは小僧から再スタートするという事。

 

お坊さんとしてのスキルも何もない僕が最初にぶち当たった壁は超薄給です。当時の月収はなんと10万円!普通に30歳の男の給料じゃないですよね。

僕の大学時代の同期は既に年収1000万2000万円稼ぐような人もいたり、大企業でマネージャーをしてる人もいる訳で、そんな彼らのSNSを見る度に何とも言えない虚無感に襲われていました。

 

そして、更に追い打ちをかけたのが、仏教界の古い体質です。

先輩は間違ってても絶対だし、大昔の「伝統」が未来永劫続くと思っている人が多すぎる。妙に体育会系で、「正しい意見」ではなく「ずれてても多数派な意見」が正しい。

 

なんか違和感を感じたんですよね。「あれ?これってもしかしたらサラリーマン時代と本質的にはあまり変ってないんじゃないか・・・?」と。

確かに僧侶では(一部を除いて)暴行事件とかはないし、以前ほどの長時間労働もありません。僕はそういうのが嫌だから会社を辞めたのですが、よくよく考えると、そういった表面的なものは理由じゃなかったんです。

 

長時間労働やパワハラの有無ではない。会社員かお坊さんかではない。

僕は自分が「こうだ!」と思う事を胸を張って出来るかどうか。心から楽しんで、それがやりたくて出来るかどうか。

 

会社員ではそれが出来なかったのですが、きっと僕は無意識のうちに「お坊さんだったら、自分を持ってしっかり強く自分らしく人生を楽しんで生きていける!」と思っていたんです。

だから僧侶になった。

 

でも、現実はちょっと違ってしまっていたんですね・・・僧侶は結局の所「着物を着たサラリーマン」だったのです。

Webを使ったビジネスの開始。ところが・・・

自分でビジネスを始めてみたものの・・・

現実的には僧侶を辞める事も出来ないし、かといってこのままではサラリーマン時代と何も変らない。そんな現状を打破して人生を変える為に僕がとった行動。

 

それは「人生 変える」「自分らしく生きる」というような言葉でインターネットで検索するという事でした。

Webを使ったビジネスや企画には無限の可能性があるし、自分らしさを保ちつつ多くの起業家やアーティストが活き活きとしているというのをTVでも見た事があり「もしかしたら会社員でもない僧侶でもない何かが出来るかも知れない」と思ったのです。

 

とりあえず、色々な情報が出てくるのでその中で「ブログアフィリエイト」というのを見よう見まねでやってみる事に。

何故ブログアフィリエイトを選んだのかと言うと

  • 基本的なWebでの発信方法が学べる。
  • 新しい時代のセンスに触れ学ぶ事によって古い体質に染まりかけていた自分を変えられる。
  • ブログという場で自己表現をし多くの人に届ける事が出来る。
  • 僧侶としての教えや会社員時代の辛い経験を風化させずに広めるにはWebマーケティングの基礎を学ぶべきだと思った。
  • お金も稼げる。

という様な理由からです。

田村カツオ田村カツオ

これで人生変わるぜ!ヤッホー!

と当時の僕は思っていたのでした・・・

 

ところが・・・全然上手くいきません!

 

やれどもやれども全然稼げない。結果がでない。

 

「流石にこれはヤバいぞ?」と思った僕は見よう見まねの自己流ではなく、メンターとなる人物を探し、教えを請うことにしたのです。

メンターとの出会い。

「よし!メンターを探そう!」という事で僕は来る日も来る日もネット上をサーフィンし続けました。

 

色々なサイトに出会い、その中で一際輝いていて魅力的だったサイトの運営者に連絡をとり、その方のコンサル企画に迷わず申し込みました。その方に教えて頂いたのがPC1台でWeb・マネタイズを学びライフスタイルを自在にデザインするスキル。

 

まずブログの基礎を学び、色々な失敗を繰り返しながらも約4ヶ月で月収10万円を稼ぐブログが出来上がりました。

 

その後も学びと作業を続け、そのブログは月間100万pvを集め、月収にして30万以上を稼ぐブログに成長!

 

僕が得たのはそれだけではありませんでした。Webを使った集客方法、サイトデザインや構築の基礎、コピーライティング、ビジネスに必要なマインドセット等など本当に多くの事を一つのブログを運営していく事で学ぶ事が出来たのです。

 

これらのスキルは単にお金を稼ぐだけでなく、どんなものにも応用可能な優れたものです。他のビジネスと掛け合わせて相乗効果を生むことも出来るし、趣味にも活きる場面はあるでしょう。

前述したように僕がブログアフィリエイトを始めた理由をしっかりと満たしてくれるものでした。

 

僕はこれらのスキルを僧侶という仕事とミックスし、独自のメソッドやロジックを構築する事に成功するに至ったのです。

Webという要素が僧侶に加わる事で、自分らしさを曲げずに知的なシゴトで人助けが出来るし、収益も発生する事で悪い意味での体育会系要素が濃い方達との交流も我慢して続けなくても良くなりました。

魂レベルでシゴトを楽しもう!

今、僕は僧侶×Webマーケターとして毎日のシゴトを「これでもか!」とくらい楽しんでいます。

「ああ、これが僕の生きる道だったんだ!」と肉体のレベルを超えて「魂が喜ぶレベル」でシゴトを楽しんでいるのです。ぼーっとしている時間が惜しい。こんな時間があるならシゴトがしたい!と思ってしまうんですね。

 

堅苦しい事なんて抜きで言うと、僧侶というのは別に仕事じゃなくて「生き様」みたいなもので「その人が幸せになる道」を広く広めるものですから、Webマーケティングとは非常に相性が良い訳です。

 

残業もないですし、暴行する上司もいません。説教しかされない飲み会もない。

Webを使って頭脳労働をするスキルを身につけてしまえば、それを様々な形で応用し、自分の趣味や好きな事をシゴトに変えてしまう事すら出来る・・・!

これって凄い事だと思いませんか?

 

例えば、コレ(↓)は僕の運営するサイトの内の一つです。

キタエタイ〜筋トレ初心者が細マッチョを目指すブログ〜

田村カツオ田村カツオ

完全に趣味の世界ですが、このサイトだけで月に10万円近くの収入があります。

僕はこの他にも収益が発生するサイトを幾つも保有していますし、Webマーケターとして県内のフィットネスジムや建設会社など幅広い業種の法人のSEOコンサルやHP作成のシゴトや個人コンサルを行っています。

僧侶×Webマーケターとしてパラレルキャリアを歩むことで、日々の生活に会社員時代にはなかった、やりがいと光が溢れてきました。

年収も7桁万円単位でUP!会社員時代より少ない労働時間で会社員時代の年収を超えました。

 

きっかけは一つのブログを運営する事だったのですが、それがこんな事になるなんて・・・

会社員時代の僕に言ってあげたいです。「魂レベルで楽しめるシゴトをしようよ」と。

 

仏の仕事は仏を作る事と言われています。まあ、僕自身は仏でも何でもないただの坊主ですが(笑)僕のようにやりたい事をシゴトにして楽しく暮らすこのスタイルをもっともっと広めていきたいと思っています。

そしてWebならそれが出来る!!

 

田村カツオ田村カツオ

さあ、今度は貴方の番です。

魂レベルでシゴトを楽しむスタイルを一緒に歩んでみませんか?

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